「見栄」追求型と「好み」を求める人々
3週間続ければ一生が変わる。
人生の質を高める意識革命!行動しなければ、なにも始まらない!小さな習慣が人をつくる。
自分で読んで、人生のヒントになることが沢山あったので、ぜひ友達にも読んでもらいたいと思い、誕生日に贈りました。
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さて、「見栄」を重視するかたは、NPO、教師、コンサルタントなどをやるといいのでしょうが、「収入」は不規則かつ低額になります。
特にNPOの場合、収入を考えてはいけません。
「お金は払う」と言われても、実際にはわずかなお金でも受け取ると、悪評を呼ぶことがしばしばです。
従って、見栄を重視する人は、「収入は考えない」というのが大事でしょう。
その反面、NPOなどはかなり熱心にやる必要があります。
「収入は少なくて苦痛が大きい、その代わり世間的には恰好がいい」というポジションになるわけです。
とかく世間では成功例だけ、あるいは建前だけを論じがちです。
それにつられてやってみると、じつはなかなか難しい。
だから、恰好がいいことをしようと思う人は、まず「収入」を諦めること、苦痛に耐えること、そして感謝されないことの三つを考えなければいけません。
高齢期の職業を考えるための三大要素のうち、最後が「好み」です。
これには満足を得るのだから「収入」も「見栄」も捨てる覚悟が要ります。
芸人になる人もいれば、店の経営をする人もいる。
そして、おそらくこれからは農業に従事する退職者が増えてくるでしょう。
昔から「芸は身を助ける」という言葉があるように、かねてからの趣味を活かして収入を得、余った時間を埋めるという選択はあります。
しかし、この選択をして世の中に出ると、かなり屈辱的な扱いを覚悟する必要もあります。
例えば、音楽や舞踊など、自分を人目にさらす職業は、尊敬してくれる人が一人いれば、軽蔑する人が五人、無関心な人が四人いる、と思っていいでしょう。
実際、自分は奉仕的に交通費だけで、お金をもらわないで楽しませていると思っても、世間は銭儲けでやっている、としか思ってくれません。
介護施設などを音楽で回るようなことで、わずかな実費だけもらっても、「金儲けで来よった」「押し付け興行だ」と、言いふらされるものなのです。
世間の人(大部分の普通の人)は、「自分ほど善意で善良な人間はいない」と思っています。
だから、「自分ならタダではしない」という人は、他人がタダで奉仕するとは思いません。
好きなことのない人(趣味の欄に「読書」とか「散歩」とか書く無趣味な人)は、「好きだから無料奉仕している」心理がわかりません。
だから、「もっと現実的な利益がある」と裏読みをします。
「好き」で芸をする人は、好評を期待せず、「好き」ができること自体に満足すべきです。
店の経営は当たることも、損をすることもあります。
経験のない人が店舗経営をするときには、予算の作り方や経営の見通しについて非常に甘くなることが多いようです。
例えば、一目に平均してこれぐらい売れ、これぐらいの人件費、物件費で、これぐらいの利益が出るというときに、ほとんどの人は、まず売れ残りについて処分方法を考えていないし、アクシデントについても考えていない。
店舗経営はかなりアクシデントの多い仕事ですから、軌道に乗るまで一年ないし三年は相当きびしいと思わなければいけません。
しかし、自分の好きなようにできるという魅力は極めて大きい分野です。
店をやる人は、「これは楽しみだ」という信念をもって臨まなければならない。
銭儲けになると思って取り組むと苦しい結果になるものです。
その点は、農業も同じです。
農業で多くの収入を得るのは難しいでしょう。
だが、逆に支出を減らすほうには役立ちます。
例えば野菜を作り、鶏を飼って食費を減らすことはできる。
家賃を低くすることや通信費を減らすこともできる。
農業は支出節約型の生活です。
収入を上げようとするのであれば、かつての知り合いに収穫物を買ってもらうことが前提になるでしょう。
協同組合などに参加して農業を営むという方法もありますが、決して大きな所得にはならない。
これも「好き」の範囲内だと思います。
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