中高年になっても働くことを、恥と思わないこと
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年がいもなく、まだ働いているのか……。なさけない奴だ
この年で働きバチなど真っ平御免。
俺は、悠悠と天地をながめながら自適の生活さ
そんな言葉を口にする多くの中高年がいます。
私の家の近所に、頬がふっくらとして耳が長く、全体の顔つきが兎に似ているため、兎のおじさんと呼ばれている中高年が住んでいますが、その方も、何かの機会に顔を合わせ雑談をするたびごとに、
「定年となり退職したら、毎日家でボーッとしてくらす。いい年をして再就職して働くなんて、恥ずかしい」
といっていました。
その兎のおじさんが、実際に定年を迎えたのです。
カミさん同士は井戸端会議の仲間ですから、その件は、すぐ私の耳に伝わってきました。
その頃から、兎のおじさんは、私の視界から消えました。
家にいることは、なんとなくわかるのですが、姿を見かけなくなったのです。
しばらく経ったある日の早朝、2階の窓から何気なく外を見ていたところ、兎のおじさんが、よく見かけた通勤の身仕度で、まさに外に出ようとしているのが視界に入ってきました。
それが、何時もの正面玄関からではなく反対側の裏口からなのです。
おまけに、あたりをキョロキョロ見回し、誰もいないと知るや、脱兎のごとく駅のほうへ走って行ったのです。
ある日、職安に出かけた時のことです。
バッタリ、兎のおじさんに出会いました。
彼は、顔をふせ、無言で立ち去って行きました。
私は、ハハーンと合点しました。
兎のおじさんは、退職後に再就職活動を開始していたのです。
再就職活動をかくすために辺りをはばかり、ひっそりとくらしていたため、私の視界から消えていたのでした。
この兎のおじさんに限らず、口で働きたくないと大見得をきっている中高年も、実は本心のところでは働きたいのです。
ところが、働くことを悪と考えているのか、先の「なさけない」といった類の言葉を口にしたり、就職活動を開始したり実際に働きはじめると、我が身を恥じて盗賊のように知人や同僚からかくれ、ひっそりとくらす中高年がいるのです。
これは、これで結構だと思います。
しかし、前に述べましたように、〝大多数″の中高年は再就職し働きたがっているのです。
ところが、何時も不思議に思うのは、再就職を応援する「お薦め」がほとんどないのです。
この「お薦め」こそ、大多数であるがゆえに、世間に氾濫してしかるべきだと思うのですが……。
我々は、目や耳から入ってくる情報には、とかく弱いものです。
世間に氾濫しているノンビリくらす「お薦め」に影響されて、兎のおじさんのように、再就職し働くことが恥ずかしくてたまらない、世間に顔向けができない、と思う方も出てくるのでしょう。
全く、なさけないといいたくなります。
働きたかったら、働きたいと大声で叫べばいいのです。
働くことは、恥でも何でもないのです。
日本人には、「働きたい」という天才が備わっていると信じることです。
現に、今の中高年は、その「働きたい」という天才を武器に、戦後世界第2位の経済大国をつくりあげたではないですか……。
中高年が「働きたい」という証拠は、前に述べた総務庁の資料(90%前後の方が70歳ぐらいまで働きたがっている)でも明らかです。
中高年のゲートボールや老人クラブへの参加が少ないのも、その証拠の一つといえます。
中高年になっても、天才である以上、働きたいという気持ちは消えていないのです。
働くことは決して恥ずかしいことではないのです
むしろ、自分に素直にしたがった自然な姿だと思うのです。
かりに、働くことを恥ずかしいと思う気持ちがあれば、それは天才にさからう不自然な気持ちで、企業はそんな不自然な中高年を決して採用しないでしょう。
兎のおじさんのような中高年は、何度再就職に挑戦しても、ムダに終わるに違いありません。
働く価値観は、世代とともに変わる
生涯現役といいますが、我々は、一生働くことと関わりを持ち続けます。
ただし、月日が経てば自然に季節が変わるように、働く価値観は世代とともに自然にうつり変わっていくものです。
「働く価値観が、世代とともに変わっていく」方は問題ないのですが、
中高年になりましても相変わらず若者世代の時のような価値観を持ち続けている方の再就職が困難なのです。
こういう方は、これはイカンと気づいて、中高年の世代にふさわしい価値観に意識を改革する必要があるのです。
「学生世代は働く準備をしている」、これには、異論はないでしょう。
一流大学への入学、専門学校での勉強…、これらは全て、きたるべき若者世代にそなえて準備をしているのです。
若者世代の働く価値観は、生活のための手段です。
この世代は、家に帰ればお腹を空かした家族が待っているし、教育費・家のローン・将来への貯蓄など、何かと生活のためのお金が必要です。
お金のために、辛い仕事でも我慢してがむしゃらに働いているのです。
仕事の中には、綺麗な仕事、汚れる仕事、ヒラ、部長職などいろいろありますが、質のいい仕事ほど収入が多いし自尊心も満足するので、仕事の質を求めて同僚と猛烈な競争もします。
同僚より少しでも成績を上げたいという気持ちの他に、スキあらば同僚をおとしいれ足を引っ張る気持ちも頭をもたげます。
すっかり軽蔑している上司であっても、ご機嫌取りのため、せっかくの休日を犠牲にしてでも、好きでもないゴルフの相手をつとめたりします。
あらゆる手段を使って収入と仕事の質を獲得することこそ、この世代の働きがいなのです。
「仕事のために家族を犠牲にしている」「なんのための人生か……」などと、なんやかんやグチをいいながらも、
なんとなくそれで本人も納得しおさまっているのは、働くことで「収入と仕事の質」を求めることが世代の変化に合った自然な姿だからです。
そして世間(企業)も、若者世代とはそんなものだと思っていますから、若者が収入と仕事の質を求める姿を素直に受け入れてくれます。
つまり、働くことが生活の手段であり、「収入と仕事の質」を求めることが本人と世間 (企業)が一致した自然の姿なのです。
「俺は、自分の仕事にやりがいを感じている。
収入と仕事の質などどうでもいい」という若者もいるでしょう。
私も、若者世代にそんな気分になったこともあります。
しかし、これは収入も仕事も、あるレベル以上のものが与えられ、また仕事が多忙のあまり精神が高揚してきた時の一時的な感情で、冷静に考えますと、基本は収入と仕事の質にあることに気づきます。
中高年の世代になりますと、若者世代のようにはいきません。
働くことを楽しむ世代に突入したのです。
何か自分に変化がおこってきた、若者世代と同じ考えで働いているとイライラするし 理由がわからない憂鬱や挫折も感じる。
無理はもうイヤだ。体力が続かない。
つまり、身体が働くことを楽しむよう要求しはじめたのです。
この世代に、若者世代の時と変わらず収入と仕事の質を求めてがむしゃらに働くと、全てがシックリいかなくなります。
それは、世代の変化に一致していない、不自然なことをやっているからです。
イヤな上司と家庭を犠牲にしてゴルフの付き合いをしたり、カミさんが病気の時に出勤することなどに抵抗を感じはじめるのです。
身体が疲れる無理な日帰り出張を敬遠したい気持ちになったりもします。
風邪をひいているのに、無理して徹夜の仕事をしている自分に嫌悪感を感じたりもします。
働く価値観が変わらない中高年は再就職できない
世間(企業)もまた、世代の変化についていけないギラギラした不自然な中高年には冷ややかです。
企業が中高年を採用する理由には、「補助的な仕事」と「安い労働力」があるのです。
ギラギラした不自然な中高年は、このニーズに合っていないのです。
ですから、このような中高年の再就職は、とても無理な話なのです。
つまり、中高年になりましても、相変わらず収入と仕事の質にこだわっている方は、世間(企業)からも忌み嫌われる悲劇的な状態なのです。
中高年になりましたら、世代の変化に粛々としたがい、中高年らしくなることです。
「働くことを楽しむ」価値観を持った中高年になることです。
それが、本人は楽だし、世間(企業)も歓迎する姿なのです。
楽しむということは、説明する必要はないと思いますが……。つまり、自分や周囲にとって、無理のない愉快な状態のことです。
周囲とむやみに競争したりしない、思いやりのある気持ちになることです。
蛇足ですが、会社の組織の中でも、中高年になり、仕事の価値観が中高年らしく変わった方が、結果として出世(痛快な人生をおくる)していくのです。
これは、働くことを楽しむ姿が自然の中に無理なくおさまっているからです。
では、「再就職することが恥ずかしい」と考えてしまう中高年の意識改革の方法・考え方を、次回に示します。
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